2022/05/24 20:58

今までの常識を覆す薬味の燻製!奥三河の煙をまとった薬味 ”狼煙” 完成

煙と炎に向き合って25年のピザ職人が開発しました

アウトドア愛好家、一般のご家庭にもご利用いただけやすいパッケージで提供

商品誕生秘話


営業中に起こした煙突火事

私は愛知県豊橋市でピッツェリア ネアポリスという薪で焼くタイプのピザ屋を経営しています。
以前、煤の引火で火災を起こしてしまいました。幸いにもビルの損害なし、人的損傷なし、しかし、消防車が10台駆けつけ辺りは騒然、店内は焼き堕ちた煙突で煤まみれ「もう終わった」とショックと煙を吸った事で3日間声が出なくなりました。「これからどうするのか、店は10年目で閉店」家族の事、借金の事……

色々思いはめぐりました。その後ビルの大家さんに立ち退き当然の気持ちで謝罪に行ったところ「これからもがんばれ」「応援している」という思いがけないお言葉を頂きなんて広い心なんだと涙が出ました。

今思うと、この程度でくい止めれた事故と、自分という存在に、もう一度かけていただいた期待の言葉。10年前に誘って頂いた先代のビルオーナーに報いる為”再起を決意”自分への見せしめとして煤で汚れた店内の一部をそのままにしました。

その後生まれ変わった気持ちで、ピザ生地をゼロから研究、ピザ生地の配合、製法を独自で考えて追求。そして生地は満足行くものが完成!でも何かが足らない!もやもやした日が続き、ふと煤で汚れた壁が目に入り近寄ると、弱冠煙の匂いが…「煙をかける」→「ピザに燻製をかける」これだ!

まず思いついたのは唐辛子の燻製でした。試行錯誤の上、燻製方法、ティスティングを繰り返し完成あの日、自ら燻製となった”魂”の商品化です。


日本人 燻製の馴染み

日本では昔からどの家も「囲炉裏」(いろり)があり、魚や野菜を吊るし囲炉裏から上がる熱と煙を利用し自然に燻製を作って生活をしてきました。代表的なのは「鰹節」。鰹節からとったダシで作る味噌汁。多くの日本人は幼い頃から口にしていることから、いわば燻製は日本人のDNA!そこで今回は日本で食されている料理と相性がいい食材を燻製にしました。料理にスモーク臭をつけることは日本人にとってごく自然なことなのです。


料理・食材を引き立たる

今回の目的は「この1本をかけたら、その味でしかなくなる、調味料」…ではなく、料理用途に合わせた薬味3種を開発。狼煙(ノロシ)は味覚を入れず煙という嗅覚に着目。食材を煙で纏わすことで、慣れ親しんだ毎日の食生活が少し変わる料理界のバイプレイヤー(脇役)に適しました。


奥三河の薪を使った燻製と持続可能な開発目標

私は愛知県豊橋市でピッツェリア(薪を使用するネアポリスと言うピザ屋)を経営しています。豊橋は愛知県東部にあたり、東三河という地区になります。その北に奥三河という農業、林業が盛んな地域があります。ピッツェリア ネアポリスでは、ピザを焼く燃料として、薪(広葉樹)を使用しています。そこで木を燃やす責任として植林活動に参加してきました。今回、狼煙(ノロシ)製造にあたり地元三河の広葉樹を使用するため、植林活動にMakuakeの売上の一部を寄付します。使った木を新たに植樹、また、保全に利用していただき持続可能な燻製薬味製造の提案です。


缶デザインへのこだわり

まず”狼煙”の代表作品でもあるスモークペペロンチーノの「狼」のマーク。昔、奥三河にも生息していた日本狼がモチーフ。狼の口に咥えた「菊」はイタリアの国花(日本では桜)です、。イタリア語でMargherita(マルゲリータ)というのも自身ピザ屋を経営していて偶然にして鳥肌が立ちました。あと地元豊橋は電照菊も名産地でもあることから缶ボディーを菊柄(マルゲリータ柄)にしました。商品名ノロシはもともとお店のマークだった「狼」の漢字と燻製によって出る「煙」の漢字を合わせたら「狼煙」(ノロシ)という単語があったという偶然!ちなみにこの狼、菊を食べすぎてシッポが菊の葉っぱに変わっています。


ケースを作りました!

全種類集めていただきたいのですが、小さな缶なので散らかります。そこで収納、便利、オシャレなケースを作りました。

家庭用木箱と持ち運びアウトドア用革ケース。とにかく三河にこだわり、豊橋在住の家具職人作家(私の兄)に作ってもらいました工場ではなく一人で全行程を作り上げる心のこもったケースです。


製造方法

燻製方法はチップではなく広葉樹の薪一本を使うので燻製臭が強く濃い味付けの料理でもしっかりスモークを味わう事ができます。



オーナー紹介

小学生の頃、兄の影響でサッカー好き!1986年ワールドカップ・メキシコ大会で、アルゼンチン、マラドーナのプレーを見た衝撃!当時 マラドーナが所属していたイタリアのチーム”ナポリ”を意識し始める、弱小チームのナポリを優勝に導いたマラドーナ。そんなスーパースター の言葉で「大事なのは想像力」 に影響され空想するのが好きだった少年時代。その後、空想を形にする為、デザインの勉強をし、そして「食」の世界へ。憧れのナポリでピッツァとイタリア文化の修行へ。このピッツァという強烈な郷土料理そしてそこで暮らす人々の郷土愛に感銘(今の豊橋愛のきっかけ!)そして小学生の頃空想していたものが形となったピッツェリア ネアポリス」を開店。